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活動報告

REPORT

50周年記念式典・祝賀会

20歳から40歳までの志の高い青年経済人によって『奉仕』『修練』『友情』という三信条のもと、『明るい豊かな社会』の実現を目指す丹波青年会議所。こちらでは青年会議所活動で自ら企画・運営する各委員長にスポットを当てて、実際の活動について詳しくご紹介をしていきます。

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■インタビュー者
一般社団法人 丹波青年会議所
50周年実行委員会 実行委員長 上羽裕樹(うえばゆうき)
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それでは宜しくお願いします。まずはじめに自己紹介をお願いします。

自分の自己紹介でいいんですね?丹波市春日町黒井で株式会社ヒカミ化成という会社を営んでいます。主にプラスチック容器を製造する会社です。詳しく言うと食べ物を入れる透明のトレイであったり、お弁当の蓋であったり、食品に関わる容器を製造しています。

 

なるほど。実行委員長は普段は製造のほうに携わっているのですか?

そうですね。最初は現場で製造を行っていましたが、最近では現場を任せられる人材が育ってきましたので私自身は管理業務であったり、経営に直接携わる業務に徐々にシフトしてきていますね。

そうなんですね。では丹波青年会議所ではどのようなポジションに就いているのですか?

50周年実行委員会で実行委員長の職に就いています。同時に昨年度は理事長をさせて頂いていましたので直前理事長という職も兼務となっていますね。

かなり珍しいパターンですね。どういう立ち位置であると思いますか?

確かにそうですね(笑)私自身は50周年実行委員長という職をやっている時は直前理事長というのはあまり前に出さないように心掛けてますね。直前理事長という職を全面に押し出してしまうと変に皆が気を使ってしまうかもしれない。今年度50周年に関する事業についてはメンバー全員が主役になれるようにというのを掲げて取組んでいるので、メンバーと接する時は皆の力が引き出されるように、メンバー全員と一緒になって事業を進めていってますね。

 

本来、直前理事長という職は理事長を裏から支えるというような意味合いが強いと思うのですが、今年度50周年実行委員長という職を受けられたのは何故ですか?

北野理事長がこの50周年という特別な年を迎えるにあたってやはり大事にしていきたいという想いが強く、その想いをもって私に依頼がありました。同級生でもありますし、そこまで言ってくれるならここは応えなければいけないと思ってお受けしました。

なるほど。先ほどから50周年というワードが沢山出てきましたが、具体的に50周年実行委員会とはどんな活動をする委員会なのですか?

昨日開催した式典・祝賀会とこれから行われる記念事業、最後に50年の歩みを纏めた記念誌の発行という3本柱が主な活動になります。

式典・祝賀会ではどのようなことをされたのでしょうか。

コロナ対策をした上で、式典では来賓の方々に挨拶を頂戴しました。また祝賀会では殺陣をもちいたアトラクションや、50周年の振り返りなど様々な催し物を行いました。

※公益財団法人日本青年会議所 近畿地区兵庫ブロック協議会 前川会長


※兵庫県丹波県民局様 挨拶


※兵庫県議会議員 石川憲幸様 挨拶


※衆議院議員 谷公一様 挨拶


※祝賀会での殺陣の様子

あと2つ残っているんですね。記念事業に関してはこんな事がしたいという想いはありますか?

私たちの先輩が旧氷上郡の6町の合併を進める推進活動を長らく続けてこられたんですね。それがゴールを迎えてからは次なる大きな目標を定めることを模索していた時期もあったと思うんですね。なので今回の記念事業は50年を迎えたその後に柱になるような事をやりたいなと思っています。50年のお祝いとして何かをするのではなく、その後に残っていくようなことをしたいと考えています。

 

先ほど記念誌の話が出ましたが、こちらでは50年の歩みを纏めたものを発行される?

それもありますが、記念誌でもこれからの事、つまり記念事業にリンクしたことをやりたいなと考えています。これまでの感謝を表すのは記念式典・祝賀会で行ったので、残り2つの事業でこれからの丹波青年会議所の姿勢を表していきたいと考えています。


※式典で50周年の感謝を伝える当会理事長

※OB会会長に感謝状を贈る

なるほど。そういえば上羽実行委員長は青年会議所に入会されて何年になるのですか?

現在6年目になりますね。

その間、副委員長、委員長、専務、理事長と経験されてきましたが、この6年間で入ってよかったなと思うことはありますか?

やっぱり仲間が沢山出来た事が一番ですね。それも単なる友達というカテゴリーではなく同じ経営者同士という間柄で同じように苦労をしている人たちと悩みが共有でき、成長しあえる機会も共有できる仲間が出来た事が一番ですね。

なるほど。青年会議所は40歳で卒業となりますが、そこで終わってしまうのではなく、その先も同じ経営者として、付き合っていける仲間が出来る事が後の財産になりますね。あと、こんなことが大変だったという事はありますか。

それは沢山ありますよ(笑)なかでもこの会は決して直ぐには答えを教えてくれないんですね。あえて回り道をさせてその途中で気づかせるように仕向けられてるんですよ。その間は色んな壁にぶち当たって本当に大変です(笑)でもそれがあるからこそ自分が成長できると思うし、逆にそれがなければ入会しても意味がないと思います。やっぱり人間大変な思いをしなきゃダメだと思います(笑)その時はかなり大変ですが、それを乗り越えると人として成長できてるんじゃないかと思います。